創世記とは

創世記は聖書の一番最初に置かれた書物です。内容は天地創造からイスラエル民族の起源に関わることが記されています。この書物を作成するために、様々な資料が使用されており、その中には周辺の民族間に伝わる物語(天地創造・洪水物語)も織り込まれていることがわかっています。

創世記の内容は主に4つに分けることができます。

  • 1-11章:天地創造と人間の創造。エデンの追放と、洪水による世界の破壊、その後の人口増加。
  • 12-25章:アブラハム物語(アブラハム、イサク、ロトの物語)、ソドムの破壊。
  • 26-36章:ヤコブ物語(ヤコブとエサウの争い)
  • 37-50章:ヨセフ物語(兄からの排斥とエジプトでの昇進、兄とヨセフの和解)

創世記の著書と年代

創世記は「モーセ五書」の1つに数えられる書物ですが、単純にモーセが著者であるとは考えられていません。複数名の記者が関り、イスラエルの歴史の様々な異なるものが資料として集められ、何段階かの作業を通して編成されたと考えられています。

天地創造の物語においては、少なくとも2つは古代近東におけるイスラエル周辺の部族が持っていた物語と似たようなものが含まれています。しかし、創世記の記者はそれらの異国の物語をそのまま転載したのではなく、新たに信仰的に解釈し直し、「天地創造」を描き上げたのでした。

また、創世記が「聖書」として編成された年代はバビロン捕囚の頃です。それ以前には「聖書」(聖典としてまとめられた文章)はなく、資料や口頭伝承がバラバラに伝わっていました。神殿が崩され、バビロンへの移住を経て、いよいよイスラエルのアイデンティティ(ヤハウェ信仰)崩壊の危機が迫った時に、宗教指導者たちが「神に立ち返る点」として創世記を編成し、自らが神の創造物であることを明記しました。

天地創造物語

聖書が語る天地創造は、一言でいえば全ての設計者は神一人であるということです。世界は無秩序の混沌ではなく、ある秩序に支配されている、そのような世界観が根底に流れています。

天地創造を「文字通り」解釈するべきなのか、「信仰の書」として読むべきなのかはユダヤ人やキリスト者の間でも意見が分かれる問題です。アメリカのある地方では進化論と並んで「創造論」を学校で教えなければならない所もあります。

非常に繊細な問題ではありますが、聖書は「科学書」ではないということは確かです。しかし、宇宙・生命の誕生において無関係ではないことは、創世記を通してありありと表現されています。

アダムとエバの創造と失楽園

アダムは聖書に登場する最初の人間です。土(アダマ)を材料として作られたため「アダム」と命名されました。新約聖書では「土の器」と表現されているように、人間は土の塵のような存在であると描かれています。しかし、そこに「命の息」を吹き込まれて、土くれが「人間」になります。人間は「取るに足らない存在」、一方で「何にも代えがたい価値」、大きな懸隔に人間存在理解の奥深さがあります。

その後、アダムからエバが創られました。彼らは神の警告を無視して「知識の木」から実を食べ、楽園を追放されました。神が人間を堕としたのではなく、神にとって人間は「良い」とされていたのにも関わらず、人間が自らの意思によって神を離れた、という人間理解がここにあります。

カインによるアベルの殺害

アダムとエバの間に生まれた二人の息子はカインとアベルと名付けられました。カインは土を耕す者、アベルは羊を飼う者となりました。二人は神に収穫物を捧げますが、神はカインの捧げものを拒否します。カインは怒り、失望し、顔を伏せます。そんなカインに神は次のように述べます。

主はカインに言われた。「どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。
もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない。」(創世記4章6節-7節)

人間は罪(全く理解できない理不尽に対する怒り)を克服すべきものとの理解は、カインには何の意味も持たず、最終的にアベルを殺害しました。神はカインを追われる者として地を彷徨うように定めました。

大洪水とノアの箱舟

カインとアベルの弟であるセトの子孫はノアへと繋がっていきます。ノアはレメクの子で、レメクはアダムから9代目の子孫となっています。

神は不道徳があまりにも蔓延した地上を見て、生き物を一掃することを考えられました。しかし、ノアだけは特別の扱いを受け、箱舟を作らせ、家族と動物を収容するように命じられました。その後、洪水が40日続いた後に水がひき、ノアは祭壇を築いて神に犠牲を捧げました。

新天地においては、ノアがぶどうを発見し、ぶどう酒を飲んで裸で寝てしまいます。父親の裸の姿を見たハムはそれによって呪われ、ハムの子孫(カナン人)は他兄弟の子孫の奴隷として仕えることになります。ここに、ぶどう酒作りの起源と、民族間の上下関係の起源を説明する物語を挿入しています。

「洪水物語」は他の民族(エジプト、メソポタミア)でも見られる伝承です。その細部にいたるまで酷似しているため、他の民族伝承から転用し、自分流に再解釈したと考えられています。

ノアの洪水が事実であると主張したい人々も少なくないようです。それぞれの民族に物語として語り継がれていることから、大規模な洪水があったことは確かなようです。しかし、それが地球規模であるかどうかは冷静な目で見なければなりません。

アブラハムの物語

ノアの息子、セムの子孫としてアブラハムが誕生します。アブラハムは「あたなの生まれ故郷…を離れなさい」という神の命令に従い、妻と甥のロトとともに住み慣れたウルの地を離れて、遊牧生活を始めます。

その後(だいぶ端折ります)、妻との間にイサクが生まれますが、神に犠牲として捧げよと命じられ、その命に従おうとします。しかし、アブラハムの信仰が揺るぎないことがわかると、その命令を取り下げ、星の数ほどの子孫をアブラハムに約束します。

アブラハムの物語には、不妊、家庭内の争い、死っと、虐待、臆病、欺瞞など多くの人間の問題が取り扱われいますが、その中において神に従順な姿勢、信仰、自己犠牲などを特徴とする人間の生き方を浮き彫りにしています。

イサクとヤコブの物語

アブラハムの息子であるイサクはリベカとの間に双子をもうけ、エサウとヤコブと名付けます。エサウは長男でしたが、ヤコブに長男の権利を売り渡してしまいます。イサクはエサウを愛し、リベカはヤコブを愛するという不平等の中で、リベカとヤコブは画策し、イサクを騙して長男としての「祝福」を得ます。エサウはヤコブの欺瞞に憎しみを感じ、それが殺意に変わり、ヤコブは逃亡します。

ヤコブは伯父ラバンの娘、レアとラケルと結婚し、12人の息子たちはイスラエルの12部族の始祖となりました。その後、ヤコブとエサウは和解を果たします。

この物語の特徴は、ヤコブの欠点が彼の徳と共に語られている点でしょう。ヤコブはうそつきであり、詐欺の共謀者でありました。その後、神との出会いによって変えられていきつつも、その後に続く物語では、特定の子どもをひいきし、それが兄弟間の殺意を含む争いに発展するまでとなっています。しかし、そのような弱い人が神に用いられるという点が、聖書らしい記述です。

ヨセフの物語

ヨセフはヤコブとラケルの子どもです。ヨセフはヤコブの寵愛を受け、素晴らしい着物が与えられ、それが兄たちの怒りを買って、外国の商人に売り飛ばされました。その後、ヨセフはファラオの侍従長の家で重用されますが、投獄されます。しかし、獄中にて料理役の夢を見事に解いたことをきっかけに、ファラオの夢を解き、事前に飢饉を防ぐための食糧備蓄の管理を任されます。

食料を求めてきたヨセフの兄弟たちに、自らの正体を明かし、和解します。その後、父ヤコブを含めた家族がエジプトに住むことになります。